2020年冬号のあとぴナビ、特集記事より(3)

編集の北です。

 

 

 

 

 

 

 

                   
今日は、今回のテーマの最後になります。
        
        
●あとぴナビ・サイエンス
前向きな気持ちがアトピーを改善する
          
2020年6月、欧州アレルギー学会誌『Allergy』に、アトピー性皮膚炎に関連するとても興味深い研究論文※が発表されました。研究論文のプレスリリースには、「前向きな気持ちはアレルギーを改善させる」というタイトルがつけられています。前向きになるとアトピーは改善されるのでしょうか? 研究チームの中尾先生に話を聞きました。
          
監修:山梨大学医学部免疫学講座教授
中尾篤人 Atsuhito Nakao
        
▼ドーパミン分泌だけを狙う方法
        
最初の実験は、脳でドーパミンを分泌する神経細胞(VTA)だけを狙って活性化させ、そのマウスのアレルギー反応を調べようというものです。当然ですが、VTA以外の神経細胞も同時に活性化してしまうと、何がアレルギー反応に影響しているのか判別しにくくなります。そこで、ドーパミンを分泌するVTAだけを活性化させれば、実験の精度は非常に高いものになります。それにしても、脳の奥の方にある特定の神経細胞だけを活性化させることができるとは驚きです。DREADD(designer receptors exclusively activated by designer drugs)という脳科学の最先端技術により、脳の特定部分を活性化させる手順を簡単に説明しておきましょう。

①VTAの神経細胞に「特殊な受容体」ができる遺伝子変異が起こるようにする。
②VTAの神経細胞にできた「特殊な受容体」のみに結合できる、人工的な物質をマウスに打つ。
③「特殊な受容体」が活性化する(=VTAの神経細胞が活性化する)。
④人為的にドーパミンを分泌させることができるようになる。

①~④の手順をみると、ポイントはVTAの神経細胞に「特殊な受容体」が必要であることです。この受容体が目印になることで、VTAの神経細胞をピンポイントで活性化させることができるわけです。
①の段階でVTAの神経細胞に「特殊な受容体」ができるようにするのですが、この操作にはウイルスを使います。ウイルスと聞くとギョッとしてしまうかもしれませんが、ウイルスベクターと呼ばれる病原性のないウイルスです。このウイルスの遺伝子には、VTAの神経細胞に「特殊な受容体」ができる遺伝子変異が起こさせるような細工(ゲノム操作)がしてあります。ウイルスは生物の細胞に侵入できますから、このウイルスをVTAの神経細胞めがけて送り込むと、ウイルス感染した神経細胞には「特殊な受容体」ができるようになるわけです。
       
▼ドーパミンが症状緩和をうながした
         
この実験では、以上のような手法でVTAをピンポイントで活性化させることのできるマウス(7匹)を作成し、皮膚にアレルギー反応(じんましん)が起こる注射をしました。さらに何も手を加えていない通常のマウス(7匹)にも同じ注射をして、アレルギー反応を比較してみたのです。
すると、VTA活性化マウスの方が、通常のマウスよりも有意にアレルギー反応が起きにくい(じんましんの症状が軽い)という結果が出ました。写真Aをみてください。上の写真は、通常のマウス(左)とVTA活性化マウス(右)のじんましんの症状(青い部分が症状の強さを表している)を撮影したものです。VTA活性化マウスの方がじんましんの範囲が狭く、青色が薄いことがわかると思います。
下の画像をみるとさらに違いが顕著です。これは上の写真と同じものですが、症状を定量化するためにコンピュータ処理が施されたものです。通常のマウスの方が、じんましんの症状が強く出ている(白い部分)ことが一目瞭然です。この定量化をグラフにしたものが、グラフAです。

実験1の結果からは、VTA活性化マウスは通常のマウスよりも症状が軽く、ドーパミン報酬系がアレルギー症状改善と因果関係を持つと考えることができます。

<実験2> マウスのドーパミン報酬系を自然な形で活性化する
実験1の方法は、ピンポイントでドーパミンを分泌するVTAの神経細胞を活性化することができるので、本当の意味でのドーパミン報酬系とアレルギー反応の因果関係を示すことができる実験ということができます。しかし、これだけでは物足りません。というのは、これはあくまで人為的な方法なので、現実的にはあり得ないことです。
そこで、実験2のような方法が考えられました。次に紹介するのは、あくまで日常的に考えられる自然な方法での検証です。つまり、マウスの自発的な行動によってドーパミン報酬系を活性化させるという実験です。
この実験では、飼育マウスの飲水ボトルに人口甘味料(サッカリン)を混ぜて自由に飲んでもらいます。比較対象は甘味料を含まない水を日常的に摂取するマウスです。このふたつのマウスの集団に実験1同様のアレルギー反応(じんましん)を誘発する注射を打って比較してみました。
人工甘味料を摂取するグループのマウスは、水を飲むことが甘みの摂取(=快楽)に結びつくのでドーパミンを分泌しやすくなります。つまり、実験1のVTA活性化マウスと似た状況になります。ただし、この場合はVTAだけが顕著に活性化するわけではない(たとえば血糖値なども上がってしまう)ので、実験1ほどの厳密性は望めません。
しかしながら、この実験でも人工甘味料を摂取したマウスのグループの方が、水だけを摂取したマウスのグループよりも、アレルギー反応(じんましん)の症状が抑制されるという結果が出ました。

<実験3> マウスのドーパミン報酬系を薬で活性化させる
 最後の実験では、ドーパミン報酬系を活性化させるために薬を使いました。医療現場では、実際に脳内ドーパミンを増やす薬が使われています。パーキンソン病という病名を聞いたことがある方は多いと思います。この病気は脳内ドーパミンの不足が原因で起こるので、治療ではドーパミンを脳に送り込むL-ドーパという薬を使います(ちなみにL-ドーパとは、ドーパミンの前駆体(前段階の物質)です。ドーパミン自体を注射しても脳内には入れないため、脳への関門を通過できるL-ドーパを注射すると、脳内でドーパミンに変換されます)。
 この実験では、L-ドーパを注射してドーパミン報酬系を活性化したマウスと通常のマウスを使い、実験1、2と同様の比較を行いました。そしてその結果はまたもや同じでした。つまり、L-ドーパによりVTAが活性化したマウスの方がじんましんの症状が軽かったのです。
      
▼気持ちで症状をコントロールしよう
         
3つの実験結果は、結局どれも同じでした。前向きな感情をもたらす脳内の神経回路(ドーパミン報酬系)によって、アレルギー症状が緩和されたのです。「病は気から」「気の持ちよう」とよくいいますが、そのメカニズムの一端が明らかになったといってよいでしょう。
          
今回紹介した研究成果は、読者の皆さんのアトピー治療にも大いに役立つと思います。毎日の生活において前向きな気持ちをキープすることが、症状の緩和につながるからです。「気の持ちよう」だけでも、アレルギーの症状をコントロールできることが科学的に解明され始めた今、アトピー治療は新たな時代を迎えつつあるのかもしれません。
         
         
紹介する記事は以上となります。
アトピー性皮膚炎の症状が元で、気持ちが落ち込んだりすることもあるかと思いますが、その気持ちの持ち方で症状に影響を与える以上、そこに症状改善のヒントがあるのかもしれませんね。

                    
おまけ★★★★北のつぶやき

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●あとぴナビ電子版
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