掻くことが「正義」とは?(2)

大田です。

 

 

 

 

 

 

 

                          
昨日の続きで、「掻くことが正義」という意味合いについてみていきましょう。

交流会に参加された方からは、なぜ「掻くことが正義」という発言が出たのでしょうか?
それは、「痒みを我慢しろ、と言われても我慢できないこともある」「痒みを我慢し続けることで、逆に痒みが増える」など、強い痒みに対しては、必ずしも「掻かない」ことが正しいのではないのではないか、という疑問からです。
おそらく、長年、アトピー性皮膚炎で悩んでこられた方は、この「掻かないことが必ずしも正しくない」という思いは、多少なりとも抱いているのではないでしょうか?

確かに、皮膚のバリア機能の観点からみれば、「掻くこと」は、マイナスの要因が多くなります。
しかし「掻くこと」が皮膚にとって、プラスの要因がないのか、というとそうではありません。

基本的に、生体にとって「症状」は必ず意味を持っています。「痒み」も例外ではありません。
「掻き始め」が気持ちよく感じることがあるのも、「掻き続ける」ことで痛みを生じるようになることも、そして掻くことで皮膚に付着した異物を取り去る、という働きも、それがプラスとマイナス(掻き壊しによるバリア機能の低下)でみた場合、マイナスの影響の方が強くても、プラスの効果を求めて体が「要求している」部分があるのです。

もちろん、だからといって、アトピー性皮膚炎の方に無作為にどんどん「掻きましょう」ということではありません。掻くことで生じるバリア機能の低下は避けることができない以上、「掻かない」ことは大切なことです。

ただ、アトピー性皮膚炎の方が、周囲の無理解を感じる言葉の一つに、「掻いちゃダメ」という言葉があります。
「掻く」という行為は一律の行為ではありません。
長く掻く、掻きむしる、深く掻く、など肌にダメージを強く与えるような掻き方もあれば、なるべく「優しく掻く」「短くサッと掻く」という方法もあるはずです。
繰り返し襲う痒みの場合、「優しく掻く」「短く掻く」というのは、どうしても無理なことがありますが、「掻くことで得られる満足感」は、掻くことによるバリア機能の低下、という代償の大きさと比較して、決して「無駄」と言いきれることはありません。

難しい問題ですが、「掻くことへの理解」そして、「掻くことが正義」のシーンもあることを、周囲の方にはぜひ知って欲しいと思います。
掻き壊しを望んで掻いているアトピー性皮膚炎の方はいません。
でも、掻き壊しで涙したとしても、それでも掻かざるを得ない痒み、というのもあるのです。

そして少なくとも掻くことは「絶対悪」ではありません。
掻くことが「辛い」と感じているのであれば、掻くことに対して「罪悪感」を感じることはありません。

今回、交流会に参加いただいた方から出た「掻くことが正義」という考え方に触れた時、それを医者の前、そして家族の前では「言えない」もどかしさのようなものを感じました。
社会全体が、アトピー性皮膚炎の「痒み」に対して、正しい理解をしてくれることを望みたいと思います。
また、アトピー性皮膚炎の方にも、「掻くこと」に対して常に後ろ向きになる必要はないことを知っておいて欲しいと思います。

                             
おまけ★★★★博士のつぶやき

「掻くことが正義」という言葉だけをとると、「掻いた方が良い」と考える方もおるかもしれんが、掻くこと自体は、肌にとって「負荷」になる。
したがって「掻いた方が良いこともある」というように捉えた方が良いじゃろう。
アトピー性皮膚炎に対して、もっと理解のある社会環境を望みたいところじゃ。