医療費が40兆円を越える

西だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

                     
あまり、大きく報道はされていないようだが、平成25年度の医療費が40兆円を越えたことがニュースで出ていた。
         
         
●国民医療費、初の40兆円超え=13年度、最高を更新-厚労省
http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2015100700634
            
厚生労働省は7日、2013年度に病気やけがの治療で医療機関に支払われた国民医療費(確定値)が、前年度比2.2%増の40兆610億円だったと発表した。年間の医療費が40兆円を突破するのは初めて。1人当たりでは2.3%増の31万4700円となり、医療費全体、1人当たりとも7年連続で過去最高を更新した。
高齢化の進展や医療技術の高度化などが増加の主な要因。労災や全額自己負担の分を除く14年度の概算医療費(速報値)は39兆9556億円だったが、実際には13年度の段階で40兆円を超えていたことになる。
65歳以上の高齢者の国民医療費は23兆1112億円となり、全体に占める割合は57.7%(前年度56.3%)に拡大した。1人当たりでは72万4500円。これに対し65歳未満は17万7700円にとどまっており、約4倍の開きがある。
         
             
あまりピンと来ないかもしれないが、平成25年と、ほぼ国民総生産(GDP)が同じ額だったのが、平成4年度。ちょうど21年前だ。
平成4年度の医療費は23兆4千億円、そして平成25年度の医療は、倍近い40兆円になったわけだ(GDPは平成4年、25年ともに同じ483兆円)。
          
●平成25年度国民医療の概要
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/13/dl/kekka.pdf
         
               
少子化による問題と共に、おそらく今後、この医療費の問題は年々、クローズアップされてくるように思える。
おそらく特に問題があるのが、記事にあるように、高齢者の医療費の増加だろう。
介護の問題と合わせて社会保障費が増加していることは既知の事実だが、少子化に伴う医療や介護の現場に携わる労働人口の課題は、その質とそこにかかる費用の問題と合わせて、ジワジワと深刻な問題となるように思えてならない。
この問題のやっかいなところは、「根本的な解決法」がないところにある。
新しい医療技術や薬剤の開発は多くの生命を救ったが、その中には「延命」という形において、その後の医療費と介護を必要とする「要素」を含んでいた。もちろん、そうした「延命」に問題があるわけではない。だが、寝たきりになり常の介護を必要とする人口は、それに呼応した医療と介護の労働人口を必要とする。
結局のところ、医療費だけを考えてみても、40兆円が支払われた先、そしてその用途は、新たな医療費の増加を必要とする構造(新たな革新的医療の開発につぎ込まれ、「延命」することで新たな費用と人出を必要とすることになるため)を生み出している部分がどうしてもある。
とはいえ、病院が倒産する時代だし、介護の現場では、賃金の安さによる労働力の「質」の問題がしばしばニュースを賑わしている。
そうしたことを考えると、どこかが搾取している、ということではないのだろう。
需要と供給のバランスが保たれず、そして需要が供給を生みだし、生み出された供給が新たな需要を作り出している、という加速度的な循環を生み出してしまっているのだろう。

アトピー性皮膚炎の治療で考えると、主な治療として行われる「ステロイド剤」や「プロトピック軟膏」などの薬剤による治療は、アトピー性皮膚炎の症状である「痒み」や「炎症」には対処できても、アトピー性皮膚炎という疾患そのものを直接治療しているのではないことは、これまでのブログでも散々書かれてきたので分かるだろう。
もちろん、「症状」の治療が「病気」の治療に直結することもあるし、薬物治療を受けた多くの患者はそのまま治癒している。一部の患者が連用から増悪しているわけだが、ここで考えなければならないのは、「症状」を抑える治療の「余力」部分だ。
通常、薬剤は三日、一週間、長いと一カ月分まで処方される。
使用途中で症状が抑えられた場合、多くの患者は、薬剤の使用を中断するだろう。そして使われなかった薬剤が、どこに消えていくのか?、おそらくほとんどの家庭においては、一定期間は念のため、と思って保管してても、一年、二年と経過すれば「ゴミ」として処分される機会が圧倒的に多いのではないだろうか。
これは単なる一例だが、医療費が「無駄なく」使われることが難しい、という身近な例と言えるだろう。

デリケートな部分も多く含むため、そうした「医療を受ける」ことの必要性と取捨選択については、ここでは述べないが、膨れ上がった医療費の中には、「必要とされなかった医療費」が多く含まれていることは事実だろうし、そしてそれを生み出した原因は、「医療の進歩」が少なからず関わっていることも確かだろう。

恐ろしいのは、やがて、こうした医療費や社会保障費の「負担」が膨れ上がり続けた場合、どこかで、それを「抑える」力が働くことになるわけだが、その「抑え方」が、医療を受ける立場の「弱い人間」にとってプラスとなるのか、あるいは医療を施す立場の人々(あるいは企業や病院)にとって「プラス」となるのか、ということだろう。
医療を施す側も、財務的な裏付けがなければ、継続して行うことができないことは自明の理であり、その「継続」が、患者側にとって、必ずプラスを生みだすのか、というと、例えば、必要な医療が「費用的な」面で受けれなくなる、など「切り捨てられる」医療の問題が生じることも考えられる。

こうした問題に対する解決法は、現状のさまざまな「しがらみ」まで考慮にいれると、非常に難しいことになるわけだが、ゆくゆくは人々が直面していくことになる問題でもあるように思う。
医療を施す側も受ける側も、両者に益があるような解決に導かれることを望みたいものだ。

                    
おまけ★★★★西のつぶやき

将来を見据えた場合、こうした医療費や介護の問題が「解決が困難な状況に陥る」ことを懸念したため、マイナス要因を中心にブログを書いたわけだが、もちろん、そうした状況に陥らないように日々、行政も考えているのだろうとは思う。
ただ、そこには医療を受ける側が協力しなければならないことも出てくるかもしれない。
例えば、医療費の自己負担分の増加、などだ。
難しいのは、自己負担分が増えることで「医療を受ける機会」を失う層が一定割合で考えられることだろう。
いずれの立場に対しても「公平に」ということは難しいのかもしれないが、そこを「目指して」考えていって欲しいと思う。