2015年春号のアトピー体験談(1)

編集の北です。

 

 

 

 

 

 

 

                     
今日は、今週発行されたあとぴナビ情報誌、2015年春号の中から、アトピー体験談の記事を紹介したいと思います。

                                    

                                  
●アトピーを治すために必死だった。
あの日々が連れてきてくれた「今」、健康に感謝して大きな夢に向かって勉強しています!
(千葉県、R・Tさん20歳、女性)

                                

R・Tさんは今年成人式を迎えました。当日は5時半に起きて着付けをしてもらい、髪も素敵に結い上げて式に参加。この日をこんなにきれいな肌で迎えられたうれしさ、同級生たちにもきれいになった肌で会えるワクワクが1月の寒さを吹き飛ばしたことでしょう。
出かけていくR・Tさんのうれしそうな背中を見送りお母さまも
「本当によかったです。高校生のときは、楽しいはずの時期なのに、肌のことを気にしてつらかっただろうと思います。今、誰が見てもアトピーとは思わない肌になれてこの日を迎えられたことがうれしいです」とおっしゃいます。
その日だけは特別。遅くまではしゃいで、翌日はまた6時起き。看護学校に通う学生さんの朝は早いのです。
「毎週のようにテストやレポートの提出がありますから、勉強は本当にたいへんです」(R・Tさん)
加えて、病院実習もこなさないとなりません。看護学校に入った日から緊張の毎日。帰宅後も夜は試験勉強や課題に向かい、若い脳に知識を吸収していく日々です。でも、このたいへんさは決して苦痛ではなく、夢を叶えるために必要な力強い歩みだと里奈さんは捉え、毎日をとことん前向きに過ごしています。
「今はお風呂に長くは入れていなくて、普通に夜に一度だけ、温まる程度に15分から20分くらい入るだけです。それでも肌状態が落ちることはありません」
健康管理は主に「睡眠」で。普段は夜10時、11時に眠るようにしているのだとか。
ただ、試験が続くとどうしても睡眠時間を削って勉強するため、常にそうとはいかないようです。
とはいえ今の健康を楽観視せず、眠れるときには早めに就寝。規則正しい生活を組み立て、自分を律するのも、明確な夢に向かって歩いている、大きな希望の中にいるからなのでしょう。
若いR・Tさんは、こうして今を大切に暮らしています。
    
■あとぴナビとの不思議な出合い
        
R・Tさんにアトピーの症状が出てきたのは、一番初めは、1歳になる少し前のことだったそうです。
「膝の裏あたりに何かアトピーっぽいものが出てきたなと心配になったのが始まりです」(お母さま)
そこから関節周りのような皮膚の柔らかい部分にブツブツした湿疹ができ、掻くと汁も出てくるようになり、皮膚科でアトピーと診断されるまでに時間はかかりませんでした。
「周りにもアトピーのお子さんが多くおられ、お医者さんに通って薬を塗る治療法を選択するのが一般的でした。私は、友達から『ステロイドは使わない方がいいよ』と聞く機会があって、自分でも調べてみることにしました。それでわかったことは、ステロイドはアトピーを治すものではない。アトピーの根本的治療にはならないということでした」
では、どう治していけばいいのか…。かゆそうな部分をワセリンで保護するなどしてしのぎながら、お母さまが大きな迷いにぶつかっていたちょうどその頃、
「今でも不可解なんですが、ある日、ドアポストに誰かがあとぴナビのちらしを入れていったんです」
それは、あとぴナビの書籍『アトピー性皮膚炎の治し方がわかる本』のちらしでした。近所の人に聞いても、まさかと思いつつ皮膚科の先生に尋ねても「入れたのは自分ではない」とのこと。
とても不思議な気持ちに包まれながらもそのちらしを読んでみると、これが今求めている、R・Tさんの治し方に思え、お母さまは書店に走りました。
「載っていた方たちのアトピーの改善写真は、娘の症状よりもずっと重いものでしたが、この方法をやってみたい!と強く思えました」
R・Tさん当時2歳。自宅温泉湯治の開始です。
その頃の湯治方法は、浴槽に源泉を何箱分も入れ沸して入るというものでした。準備だけ
でも重労働。毎日の湯治準備はお父さまが担当されたそうです。1日に3回は入るため、循環ろ過温浴器を設置して、いつでも入れる温度をキープしていました。
「朝、幼稚園に行く前、帰宅後、寝る前に湯治をしましたね。1回30分、私も一緒に入りました。あの頃はあっという間に1日が終わっていた気がします」
湯治を始めるようになると、体が温まることで、代謝が促され、体内に滞っていた老廃物が見る見る出てくるようでした。
そこまでひどいと思っていなかった状態から一気にかなり重い状態になっていったそうです。
一見悪化に見えるこの状態も、乗り越えなければならない道のり。
「朝起きると手首、足のつけ根など関節部分からは汁が出ていて下着が体にはり付いてしまっていました。パジャマは毎朝血だらけでした」
しかし、湯治を重ねていくと、どんどんよくなっていくことがわかったとお母さま。
「小学校入学前にはきれいになりました」。大きく安心したことでしょう。
          
■アトピー再発、苦しかった高校時代
          
「中学3年になるまでは、まあまあきれいな肌で過ごせていた記憶があります」(R・Tさん)
中学ではバレーボール部に入りアクティブに活動。学校の部活だけでなく、ジャズダンス、ピアノ、お習字などの習い事もこなしていたというR・Tさん。
活動量に比べて休息が十分ではなかったのかもしれません。体にかかる負荷が蓄積したのか、中学3年のときにアトピーが再発しました。
「バレー部でかいた汗が肌に残り、かきむしったりしていたのがよくなかったんじゃないかな」とお母さま。
「汗をかくと顔がかゆくなったようです。顔にアトピーが出ることをR・Tさんは一番嫌がっていましたね」(山田修平相談員/あとぴナビ)
幼稚園時代に励んだあの湯治に、もう一度取り組もう! 湯治生活が再び始まりました。今度は濃縮温泉を利用して。
「アトピーがつらかったときは毎日1時間くらい温泉に浸かっていました」(R・Tさん)
じきに顔からはアトピーが出なくなっていったようですが、首や体、「どこかにアトピーがある」状態で過ごしたという高校の3年間。
「風が当たるだけで痛かったのは首です。後ろから呼ばれても簡単に振り向ける状態ではありませんでした。人目がとても気になりました。『気にならないようになりたい!』といつも思っていたのを覚えています。腕は肘の内側を中心にかなり広い範囲まで炎症が広がって、若いのに皮膚がシワシワなのも嫌でした。夏でも半袖が着られませんでした」
(R・Tさん)
肌を出せる服が着たい。人の目なんか気にしなくていいようになりたい。楽しそうに過ごす友達の肌とつい比べて悲しみに暮れることもあったでしょう。そんな高校時代の苦い記憶…。
(明日に続く)
        
              
今日は、まず前半部分を紹介いたしました。
後半部分は、看護学校で夢に向かったR・Tさんの様子を紹介します。
明日もご覧くださいね。

                                    
おまけ★★★★南のつぶやき

アトピー性皮膚炎の原因は、多岐にわたります。
例えば、乳幼児期と成人期のアトピー性皮膚炎は、同じヒトであったとしても、原因が異なることもあります。
アレルギーが原因、皮膚の機能が原因、などさまざまな要因が関わります。
今回のR・Tさんも、乳児期のアトピー性皮膚炎と、中学生以降に再発したアトピー性皮膚炎は、若干、原因が異なることもあったのかもしれません。
そうした、違った要因から生じるアトピー性皮膚炎があることも考えることは大切でしょう。