生活をどのように変えていくのかを考えること

大寒を過ぎたが、まだしばらくは寒さは続きそうじゃの。

 

 

 

 

 

 

 

                     
最近、ノロウィルスや風邪、インフルエンザの話題が増えておるが、先日、朝の情報番組で興味深いコメントがあった。

静岡県の小学校で発生したノロウィルスの集団食中毒の話題の中でのものじゃが、司会者がコメンターに、「ノロウィルスに絶対に罹りたくないときはどうすれば良いか?」と問いかけた際のコメントじゃ。

「ノロウィルスは、普通の生活を送りながら絶対に罹らないようにすることはできません。自分の生活を変えるしかありません」

といった内容じゃった。
どういうことかというと、ノロウィルスに「出会って」しまえば、発病は別にしても「感染」を防ぐことはできんから(それぐらい強いウィルス)、通常の日常生活を送りながら感染を防ぐ、というのは事実上、無理ということになる。
じゃから、絶対に罹りたくないならば、通常の日常生活の方を変えるしかない、ということじゃった。

当たり前のことと言えばそうなのじゃが、上記の例でいえば、極端な話、ノロウィルスに出会わないためには「外出しない」ということが必要になり、事実上、通常の日常生活を「諦めるしかない」ということになる。
通常の日常生活を送りながら絶対に罹らないことを求めることは、いわば相反するものを求めておることと等しい、というわけじゃ。
もちろん、「絶対」という条件を「極力」に変えれば、また話は変わってくるじゃろう。
マスクや手洗い、物理的な対処である程度、感染する確率を減らすことは可能じゃ。
じゃが、条件に「絶対」をつけることで、それに見合う「犠牲」、この場合は「通常の生活」を犠牲にすることが必要になってくる、というわけじゃ。

これは、アトピー性皮膚炎の場合も似た状況のことがある。
今、送っておる日常生活内に、アトピー性皮膚炎を悪化させる要因が潜んでいた場合、その要因を解消することが、アトピー性皮膚炎に克服には必要条件と言えるじゃろう。
じゃが、その要因は、本人が持っておるさまざまな理由で対処が困難なことがある。
例えば、睡眠不足が「要因」じゃった場合、まずは「睡眠の時間」が必要になるわけじゃが、仕事や受験など、どうしても「睡眠の時間」を確保できない理由を抱えているとしよう。
そうした場合、「犠牲」にすることを、どちらにするのか選択が必要になる。

睡眠をとる=アトピー性皮膚炎を治す、という選択肢を選べば、仕事や受験勉強を犠牲にすることが必要になる。逆に、仕事や受験勉強という選択肢を優先すれば、睡眠をとる=アトピー性皮膚炎を治す、ということを犠牲にしなければならん。

もちろん、これは少々、極端な例とは言えるかもしれんが、相関する両者が対立した立ち位置にある場合、その優先度は考えることが求められることは確かじゃろう。

アトピー性皮膚炎を克服していく上では、どうしても「能動的」な行動が必要になる。
薬を塗るだけでアトピー性皮膚炎が自然治癒するのを待つ、というのは「受動的」な部分が多い。当然、薬を塗ることがアトピー性皮膚炎の原因、あるいは悪化要因を解消できる状況でない限り、原因から結果(症状の悪化)が導き出されることは継続するじゃろう。

特にアトピー性皮膚炎のような生活習慣病的な要因が強い疾患の場合、これまで習慣的に行っていた生活内に問題が潜んでおることが多いため、容易に生活習慣を変えることは難しいことが多い。
じゃが、逆にいえば、自分の行動を変えることができれば、そうした原因となる要因の解消も不可能、ではない、ということじゃ。

自分の生活内で、何がアトピー性皮膚炎に対して「悪化要因」となっておるのかは、良く考えて、そしてその解消ができるように「行動」することも意識することが大切じゃろう。

                             
おまけ★★★★博士のつぶやき

ある病気を抱えた状態を周囲が「特別扱い」してくれておる場合、その「特別扱い」の状態を本人が心地よい、と無意識にでも感じてしまうと、周囲を含めてその解消はかなり困難と言える。
痒いから外出できなくても仕方ない、運動できなくても仕方ない、など行動の範囲がどんどん狭まってくると、悪循環の輪はより狭まり強くなってくることもある。
もちろん、辛い状況を周囲が理解することは必要じゃが、同時にその辛い状況から脱するためにに必要なことは周囲も協力して行えるような環境作りも必要じゃろうの。