人の体、夜の闇

東です。

 

 

 

 

 

 

 

 
秋を迎えると「秋の夜長」という言葉があるように、夜が過ごしやすくついつい起きていて夜を長く感じやすいものです。
気持ちより夜を過ごすことは、その後の睡眠にも関わりますが、同時に、夜は「闇夜」の方が体には良い、という記事がありました。

 
●夜の闇を取り戻し心身の安らぎを
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120924/wlf12092408020001-n1.htm
 
日暮れが次第に早まり、宵闇が濃くなってきた。さえた月を愛でるのも闇が深まる季節だからだろう。しかし現代は一晩中どこもかしこも電気で照らされ、闇は徹底して嫌われる。闇はあっても淡くて小さい。

人工衛星からの写真では、夜の日本は列島そのままの形に光ってみえる。先進国はどこも光にあふれ、夜の闇を喪っているのがわかる。そのことは、身体にはどんな影響をもたらしているのだろうか。

夜を煌煌(こうこう)と照らす電気は、人の知覚を刺激し続け、安らぎを奪っている。私たちは慣れきっているが、身体は絶えず交感神経が働く興奮状態におかれるのだ。さらにコンピューターの普及以降は、夜、電気の元で多くの人が明るく細かい画面を追い続けるようになり、知覚刺激は一層強まった。不眠症、神経症、ストレスから来る糖尿病や高血圧、生理不順などにも、この刺激による興奮状態は関係しているだろう。またみぞおちが硬くなり、そのため呼吸がおなかに入らず、浅いものになる。現代人がイライラして息が浅いのは、夜の明るさもかなりの原因になっている。

神経が休まらないと、逆に刺激のない状態に違和感を覚えるものだ。暗い部屋では寝られず、電気が明るくないと寝つけない人や、目を開けて寝ている人がいるが、交感神経の緊張した状態だといえる。頭頂の左右3センチくらいの2点に、神経疲労や不安などの状態をよく示す場所があるが、その上に掌をかざすと、ピリピリピリという刺激が感じられるかもしれない。そのままじーっとその掌から息を吐くようにして集中すると、ピリピリした感じも、イライラもふうっと消えていくだろう。

途上国に行くと本当の闇がある。小さな燈火、月明かりや星明かりが頼りの、昼間と全く違う世界がある。光の刺激から解放されて神経は鎮まり、みぞおちは緩んで深い息ができる。思い、気配を感じ合い、語り合う世界だ。日本語でも「三日三晩」などと今でも言うが、かつては昼と夜は質的に違う不連続な世界で、昼と夜を合わせて一つの単位とする考えはなかったという。夜這いも結婚式も夜の世界のできごとで、夜明けの前に終えなければならなかった。神経が鎮まっていないと性行動はうまくいかないことからできた風習ではないか。

先進国の人間は、闇を嫌うのをやめ、小さな闇を取り戻すだけでも、心身の不調は和らぐだろう。電気を消して虫の音に包まれてみる、月明かりだけで夕食をとる…長く忘れていた安らぎがあると思う。

 
ヒトの体が「光」の干渉を受けていることは、日内リズムに対して起床後の日差しが影響を与えていることがわかっているように、自律神経や内分泌に深く関わってきます。
記事中にあるように「電気が明るくないと寝つけない人」はおられると思いますが、仮にその状況にして寝られたとしても、体に対して「電気が明るいこと」による負荷は、多少なりともかかっていると考えた方が良いでしょう。

夜が「闇夜」でなくなってから、まだせいぜい2~3世代しかたっていません。おそらくここ100年ぐらい、広く市街地が夜中明るくなったのは、戦後しばらくしてからといっても良いでしょう。
もちろん、体の「基本的な機能」そのものは、100年前も今も変わることはありませんから、こういった環境の変化による影響は、目には見えなくても蓄積していっている恐れはあります。
家の中であれば、「闇夜」の空間を作ることは決して不可能ではありませんので、「自然の環境」というのを今一度考えてみることは大切なことかもしれませんね。

  
おまけ★★★★博士のつぶやき

今日の話題は「闇夜」じゃが、光と同じく体に影響を与えるものととして、「音」もある。
秋の夜は「虫の声」が子守唄変わりに・・・というのは今の時代、経験しておらん子どもも多くなっておるのではないじゃろうか?
聞こえるのは、外を走る車の音ばかり・・・という家庭も多いと思う。
もちろん、車の音が体に悪い、ということではないのじゃが、車の音と虫の音と、どちらがリラックスできるのか・・・と考えると、やはり虫の音が勝るのではないじゃろうか?
人は「五感」により、行動する「動物」でもある。
体にとって心地よい「五感」で生活したいものじゃの。