アトピー克服のカギ(スキンケア・3)

一昨日と昨日で、スキンケアがアトピー性皮膚炎にとって必要な「理由」を述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
じゃが、スキンケアは必ずしも利点ばかりがあるわけではない。
今日は、スキンケアのリスクについても述べておきたい。

一般的なイメージとして、「スキンケア」とは、オイル、ローション、クリームのような液状などの皮膚に塗るものをイメージすることじゃろう。
そういったスキンケアのアイテムは数多くあり、スキンケアの種類によっては、さまざまな機能を持たせておるものもある。
紫外線カット(UV)などもそういった機能の一つじゃし、グリチルリチン酸のようにステロイド剤と同じく副腎皮質ホルモン(ただし塩類代謝ホルモンの方)と類似した作用を持つため免疫抑制効果による抗炎症作用というのも機能の一つじゃろう。

ところが、そういったスキンケアの成分は「全て」ヒトに対して考えてみると「非自己」(自分の体の構成成分ではない成分)であると言える。
もちろん、自己に極力似せて作られてはいるものもあるが、自己と完全に同一、というわけにはいかん。
当然、非自己の成分ならば、多かれ少なかれ人体にとっては「刺激」となりえる。
この「非自己による刺激」が、スキンケアのリスクの一つじゃ。

もう一つ挙げるとするなら、外部からのスキンケアに体が頼ってしまうと、自分の体でスキンケアを行うための力が弱まることがある(ネガティブフィードバック)。
つまり、スキンケアを多用することで、自らスキンケアを行う力が「お休み」してしまう、ということじゃ。
例えば、一般的に女性は化粧を行うが、そういったお肌の手入れをしない40代の男性と、若いころからこまめにお肌の手入れをしてきた同じ40代の女性では、どうしても女性の方が「肌が荒くなる」という傾向がみられる。
乾燥肌、シワ、シミなどじゃが、もちろん男性と女性のホルモンの違い、あるいは生活環境の違いなど、他の要因も関わってくるが、化粧を一切行わない国の同年齢の女性と比べると、肌のダメージの度合いは正直異なってくるものじゃ。
これは、やはり日頃から「化粧」=スキンケアを行ってきた結果、と考えることもできるじゃろう。
もちろん、「上手なスキンケア」=自分に適したスキンケアを行うことで、こういった影響を軽減することは可能じゃが、一般的に大多数の人は、こういった傾向にあるようじゃ。

ただ、こういったリスクがあったとしても、スキンケアを行うこと自体には、非常に意味があると言える。

実際、昔はアトピー性皮膚炎の治療として「脱保湿」という方法が用いられたことがある。
今でも一部、行われておるようじゃが、文字通り、「保湿を行わない」という方法じゃ。
スキンケアを行わなければ、上記のリスクを受けることはない。
スキンケアの成分が皮膚に刺激となることもなければ、自分のスキンケアの力を頼らせることもない。
じゃが問題は、脱保湿を成功させる前提には「自らのスキンケアの力が取り戻せること」が必要、ということがある。
ところが、自らのスキンケアの力を「その時に抱える症状(掻き壊しなど)の度合いに関係なく」必ず誰でも取り戻せるのか、というとそうではない。
例えば、自らスキンケアを行うには、汗と皮脂が混じり合った皮脂膜が必要=汗がかける状態が必要、ということになるが、アトピー性皮膚炎のヒトに良く見られる傾向として汗がかきにく、という状況に陥っている人がおる。
では汗がかけるようになって、自らの力でスキンケアができるようになるまで、症状が悪化せずに済むのか、というと、当然、何のケアも行わなければ、バリア機能は低下した状態にあるし、角質層内に痒みの神経線維が伸びてきた状態も続く、
当然、そういった状態が続けば、痒みは継続するので、掻き壊しも続き、さらにバリア機能の低下、角質層の乾燥、といった状態が続くことになる。
このように、脱保湿は誰しもが有効に行える方法ではなかったため、今では有用な治療として取り入れられることは少なくなったと言えるじゃろう。

このように、スキンケアは、一定のリスクを抱えていても有用な面とのバランスから見れば、アトピー性皮膚炎の方にとっては、必要であると言えるじゃろう。

では、どのようなスキンケアを行えばよいのか、長くなったので続きは明日じゃ。

  
おまけ★★★★博士のつぶやき

リバウンド状態などにあるアトピー性皮膚炎の方が、リバウンドを抜けたきっかけとして感じるのが「汗をかきはじめた」というのを良く耳にする。
これも、「汗をかきはじめた」=「代謝が良くなった」など体の機能の正常化が図れてきた目安という部分もあるかもしれんが、「スキンケアを自分の力で行えるようになった」ということも関わってきていると思う。
脱保湿という考え方は誤ってはおらんと思う。
ようはTPOを考えた脱保湿(いつ何どき始めてもよい、というのではなく、汗をかき始めたなど、必要な条件が整ってから始めるなど)ができるかどうかが大切、ということじゃろうの。