受動的治療と能動的治療

こんにちは。南です。

 

 

 

 

 

 

 

 
一昨日と昨日、博士が自律神経のことについて書いていましたが、アトピー性皮膚炎を克服していくためには、生活面での負荷を探り、改善していくことは重要なポイントになります。
そして、この生活面の改善、ということを行っていく中で気をつけなければならないのが、「誰がアトピー性皮膚炎を治すのか?」ということです。

例えば、病院で薬(ステロイド剤やプロトピック軟膏など)をもらって治療を受けている場合、「病院(あるいは医師)がアトピー性皮膚炎を治してくれる」、あるいは「薬(ステロイド剤やプロトピック軟膏など)がアトピー性皮膚炎を治してくれる」と、考えていることがあります。

こういった薬剤の治療については、これまでブログで何度か取り上げたように、アトピー性皮膚炎という病気そのものを治療しているのではなく、アトピー性皮膚炎により生じた「症状」の治療を行っているにすぎません。
したがって、病気の原因であるアトピー性皮膚炎そのものを改善しない限り、症状そのものは繰り返し現れることにより、知らないうちに薬剤を長期連用、そして薬剤のリスク(副作用など)を受けることになるわけですが、こういった薬剤での治療は、どちらかというと患者側にとっていえば受け身の治療、つまり「受動的治療」と言えるでしょう。

もし、薬剤を使用中にアトピー性皮膚炎が「治った」場合には、原因となった体の負荷(免疫機能の異常状態や、皮膚機能の異常状態)が軽微であり、単に自然解消できたに過ぎないのですが、患者自身は、薬でアトピー性皮膚炎が治った、と勘違いしていることがあります。
前回の「アトピーを考察する(ステロイド剤)」で書いたように、風邪で高熱が出て、解熱剤だけ飲んだら、そのまま風邪が治った場合、解熱剤が風邪を治療してくれたと思うでしょうか?
風邪は自らの治癒力により改善されたのであり、解熱剤が治してくれたのではありません。
これはアトピー性皮膚炎も同じ、ということです。

そして、アトピー性皮膚炎の原因、つまり生活面などから受ける体の負荷が大きい場合、あるいは継続している場合、そういった原因の解消を行うためには、生活面の改善が必要になりますが、そこで大切なのが、受け身の治療ではなく、自ら行う「能動的治療」という考え方です。

例えば、睡眠不足が体に大きな負荷を与えている方の場合、まず睡眠不足を解消する必要がありますが、その睡眠不足という状況を意図的に作り出している、あるいは不可避の状況にあることがあります。
受験があるから早く眠れない、仕事が忙しいから早く眠れない、といった理由の場合です。

こういった場合、早く眠るためには、能動的に自らの生活に働きかけなければなりません。
受験勉強ができない、仕事ができない、それは困る、ということであれば、改善そのものが進まないでしょう。
ある程度、自分が望む生活、あるいは生計を維持していくために必要な生活そのものを改善してくためには、相応の「覚悟」も必要になることがあるでしょう。

もちろん、こういった場合、薬剤で症状を抑えながら、生活面を優先する、ということも選択肢の一つです。
しかし、それでは先に書いたように、「アトピー性皮膚炎の治療」にはなっていませんから、そこでは「薬剤の長期連用による生じるリスク」が起きる可能性を、覚悟しなければなりません。
なお、リスク自体はあくまで「可能性」ですから、必然、というわけではありません。ただし、長期連用の期間が長くなればなるほど、そのリスクは高まってきますし、またアトピー性皮膚炎そのものの改善は、かなり難しい状況とも言えるでしょう。

風邪の例でいえば、風邪が悪化した場合、受験勉強の継続、あるいは仕事の継続と、どちらを選択するでしょうか?
多くの人の場合、生命に対する危機的状況においては、病気の改善の対処を選択するでしょう。
しかし、アトピー性皮膚炎の場合、生命に直接的な影響を及ぼさない分、そういった選択肢が「見えない」ことが多いようです。

アトピー性皮膚炎を克服していく上では、受動的治療ではなく、能動的治療が必要であることを、意識して欲しいと思います。

 
おまけ★★★★大田のつぶやき

アトピー性皮膚炎を克服した人に聞くと、多くの人が、今までの生活がどのように良くなかったのかに気付いた、健康観が変わった、と言います。
それくらい、今の社会生活環境は、「健康」の基本的な部分に対する意識づけが薄れてきているのでしょう。
もちろん、病気を癒す方法は一つではありませんし、いろいろなシュチエーションでその人なりの「リスク」というのは存在します。
病気が治らない、というのもリスクですし、自分の望む生活ができない、というのもリスクでしょう。
ただ、ことアトピー性皮膚炎に関して言えば、「人まかせ」の治療では、基本的な解決に至っていないことは承知しておくべきでしょう。