自分の周りにあるもの

こんにちは。南です。

 

 

 

 

 

 

 
皆さん、水野源蔵さんいう方をご存知でしょうか?

9歳の時に赤痢の為に高熱が続きその結果、脳性まひになってしまったのが小学校4年生の時でした。
やがて目と耳の機能以外のすべてを失いました。
話すことも書くことも出来なくなってしまいましたが、母親が何とか彼と意思の疎通をしようと五十音順を指で指し示したところ、目の動きで応答しました。
これが47歳で死去するまでの彼の唯一のコミュニケーション能力となるのです。
寝たきりの何もすることができない身体なのに、その内側では見たこともない繊細な魂が成長していきます。
そして「瞬きの詩人」と呼ばれるようになりました。
彼の詩のいくつかをご紹介いたします。

今、アトピーで苦しみ闘っているかたも多いでしょうが、水野さんの詩から何かを感じていただけたらと願います。

  
(今日一日も)
 
新聞のにおいに朝を感じ
冷たい水のうまさに夏を感じ
風鈴の涼しさに夕暮れを感じ
かえるの声はっきりして夜を感じ
今日一日も終わりぬ
一つの事一つの事に
神様の恵みと愛を感じ

 
 
(有難う)
 
物が言えない私は
有難うのかわりにほほえむ
朝から何回もほほえむ
苦しいときも 悲しいときも
心から ほほえむ

 
次の詩も感慨深いものです。
この世にたった独りだと思っていた自分に、人知れず涙をながしてくれる人がいたことに気づかされて愕然としてしまいます。

 
我ひとり悩むのではなく 母が共に

我ひとり聞くのではなく 母が共に

我ひとり信じるのではなく 母が共に

我ひとり祈るのではなく 母が共に

我ひとり喜ぶのではなく 母が共に

我ひとり待つのではなく 母が共に

 
 
キリスト教を信仰にしていた水野さんは「母」に聖母マリアを重ねていたのかもしれません。
たぶんアトピーと闘っている皆さんのそばには、きっと心配していてくれる誰かがいるはずです。
私自身も心配してくれている人に対して、ついつい調子の悪い時や疲れている時忙しい時など自分の感情をむきだしにしてしまい、感謝を忘れてしまうこともあります。
また、感謝していても、言葉にだして「ありがとうとう」と、なかなか言えないでいます。
アトピーで苦しんでいる時にはなかなか、自分の事だけでまわりがみえないこともあるかもしれません。
でも時々、ふとまわりをみてみると何か発見や感じることがあるかもしれませんね。

   
おまけ★★★★ショウゴのつぶやき

先日、甥っ子と「ヒックとドラゴン」という映画を見に行ったんだ。
ドリームワークスが製作した映画で、CMもやっているから、知っている人も多いと思う。
この映画の中で、ヒックと父親の関係が描かれているんだけど、父親はヒックに対して、受け入れたり見放したりをしたけど、ヒックは一貫して父親のことを信頼し受け入れていたんだ。
どんなに父親にひどいことを言われて、父親に見捨てられても、ヒックは父親を見捨てなかった。
相手の行動や立場で、自分の捉え方を決めることは社会生活を行う上で必要だとは思うけど、ヒックのように、自分の思いで自分の捉え方を決めることも、本当は大切なんだな、って思わせられた。
いろいろと考えさせられたね。