牛乳の話(1)

東です。

 

 

 

 

 

 
三大アレルゲンと言えば、牛乳、卵、大豆の3つです。
先日のブログで紹介したように、最近では大豆のアレルギーは、減っているようですが、牛乳、大豆は、まだかなり影響があるようです。

ところで、牛乳は、小学校の給食などで出ることもあるようですが、本当に、必須の「食品」なのでしょうか?

今日から3日間にわたって、角田先生の著書から、牛乳の話を紹介したいと思います。
 

●アレルギーっ子と牛乳
「アレルギーっ子の生活百科(角田和彦著・近代出版)」より

 

はたして、牛乳はアレルギーっ子に必要でしょうか? 牛乳を「完全栄養食」と信仰して、そこから抜けられない人ほどアレルギーがよくなりません。他の動物の乳を飲むことについて、哺乳動物としてのヒトの生態、カルシウム摂取の量的なことから考えてみたいと思います。
哺乳動物の子どもは、生まれてすぐには親たちと同じものを食べません。ヒトを含め哺乳動物のお母さんは乳を出して子どもに与えます。そして、消化機能がしっかりしてくるにしたがって、徐々に親と同じものを食べるようにしつけていきます。最後に、親と同じものを自分で手に入れ食べることができるようになると乳から離れ、“自立”します。哺乳動物の乳はどんなに悪い食物環境下でも子どもを確実に育てるため獲得したすばらしい進化の結果と思われます。
しかし、この地球上のいかなる哺乳動物も、いったん乳離れをすると二度と乳を口にすることはありません。ライオンのお父さんはどんなにお腹がすいても、お母さんライオンのところに行っておっぱいを飲むことはありません。牛のお母さんだって、いい牛乳を出すために牛乳を飲んだりしません。牛のお母さんの食べ物は草などの植物であり、ライオンのお父さんの食べ物は新鮮な動物の肉や内臓だということを動物たちはわかっています。
では、ヒトはどうなのか? こんな実験で試してみました。小児病棟の学習会で看護師さんと小児科のお医者さんを集めて各社のアレルギー用ミルクの試飲をしました。産科病棟のピチピチの若い初産婦さんの母乳を貰ってきて、ほかのミルクと一緒に並べておきました(もちろん、肝炎などウイルス感染のない人の母乳です)。そして、「これは人間のお母さんのおっぱい」と説明して、飲みたい人を募りました。名乗りをあげたのは、興味を持った年配の女医さん一人だけでした。独身の若い看護師さんも、子持ちの看護師さんも、男の医者も、「気持ち悪い」と誰も飲もうとしません。これはおそらく、哺乳動物のヒトとしては正常な反応でしょう。大人になった動物が、お腹が空いたからといって母乳を飲んでしまえば、その動物は絶滅の道を歩むことになります。哺乳動物として本能的に赤ちゃんが飲むべきである母乳を飲むことを避けているのです。そこで、嫌がる若い先生と看護師さんに無理にお願いして飲んでもらいました。そうすると、結構甘くておいしいとわかります。牛乳を飲みなれている人はこれであまり抵抗がなくなってしまいます。「へー、おいしいんだ」と感嘆の声を出します。
これが牛乳だと勝手が違います。「これはどこそこのいい飼料で育てた最高の牛乳で…」と説明すると、「牛乳は健康にいいから飲まなくちゃいけない」と知識を植え付けられている人たちはみんな飲みたがります。この反応は人間特有のものです。
地球上のいかなる哺乳動物も他の種の動物の乳を飲むことは自然界ではありえません。
ヒトの場合、母乳が赤ちゃんの食べ物です。赤ちゃんはお母さんから愛情いっぱいの母乳をもらい、ゆっくりと育っていきます。やがて、生後6か月を過ぎる頃から米や野菜のスープを食べはじめ、1歳を過ぎる頃に親と同じものを食べるようになり、断乳となります。このとき、母乳を牛乳(つまり牛の母乳)に代えようと考える人がいますがこれは間違いです。母乳の代わりは親が食べるもの、つまり日本人の場合は米や野菜中心の食事なのです。やっと人間の赤ちゃんを卒業させたのに、わざわざ牛の赤ちゃんにしなくてもいいでしょう。ご飯や野菜をしっかり食べさせて人間の子どもに育てるようにしましょう。

 
牛乳は、確かに栄養価が高い食品かもしれません。
それは、幼体を育てる上で、牛乳のみが「栄養」である以上、当たり前のことなのですが、今日、書かれていたように、その「栄養」とは、あくまで「牛」の栄養上、バランスが最適であることは忘れてはならないでしょう。

明日は、牛乳を消化するための酵素について紹介します。

 
おまけ★★★★博士のつぶやき

大豆を発酵させたら納豆、牛乳を発酵させたらヨーグルトになる。
こういった形態を変化させることで、アレルギーを誘発する要因が減少する食品は多い。
牛乳の場合、栄養学的観点や、消化の観点などから考えなければならない点は多いようじゃ。
少なくとも、牛乳飲みでしか摂取できない栄養素はないことは確かじゃが。